松前屋を語る

昆布屋だから『昆布』。お客様に昆布として召し上がってもらおうとしてました。

代表取締役社長
松村 茂

昭和33年 大阪生まれ。大手食品メーカーの営業を経て'90年、32歳で松前屋に入社。3・4代目と共に10年以上仕事ができたことが何よりも財産だ」と言う。

'99年 常務取締役就任
'03年 専務取締役就任
'07年 代表取締役社長就任

自分食べておいしいと思ってもらってその結果として「贈りもの」となる。

心斎橋から百貨店への進出は、お客様を広げ松前屋ブランドを構築するには意味のあるものでした。しかし『松前屋の商品を食べたことはないけど、有名だから、安心だから、エエ物をもらったと思ってもらえるから』と進物にお使いになられる方が結構多いのです。これは非常にありがたいことの半面、『食べてもらってない』ということを示唆するものでした。『食べて美味かったから人に贈る』。これがあくまでも基本なはずです。時の流れとともにこの基本がずれていっていることの怖さを感じます。

私たちはお客様に、『美味しい』という≪幸せ感≫に浸ってもらいたくてやってきたのだと思います。贈る方にも召し上がっていただきたい。そのために我々は「もっと食べてもらう・もっと経験してもらうためにはなにをどうすべきか!?」商材・価格・販売チャンネルやルート、そして味も見直し、私たちの商品がもっと多くの人に経験してもらえるための努力を惜しみません。

≪基本にもどれ!≫何処でもよく聞かれる言葉ですが、その≪基本≫を整然と語れる人は少ない。この10年間、私はこの松前屋の≪基本≫を会長・社長の言葉に見てきました。さらに先代アヤメさんはこう言ったなどとして・・・。そして私流の言葉で≪基本≫を社員に説いてきたように思います。

新しいことをしてきたように思われる節があるのですが、全く違います。基本に忠実にしてやっているといつの間にか応用領域に入っていただけで、それが今までとは違って見えるだけです。

『まずは食べてもらうこっちゃ!』という基本が販売上の根本です。

昆布屋だから「昆布」を食べてもらおうとしてました。
これからは「松前屋だからできる食」もご提供していきます。

食文化というものは非常にドメスティックで保守的なものです。同じ日本人でありながら関東では昆布が昆布として受け入れられにくい事実。水の軟硬からくる食文化の違いには大いに悩まされました。

しかし、昆布だしに裏打ちされた和食は、関東の方も大いに好まれます。そうなのです、私たちは単なる昆布屋ではなく、『和食の基本を支える昆布にもっとも造詣の深いメーカー』なのだと気がつきました。昆布自体を食べる習慣のない人たちには、昆布だしの凄さを知ってもらえばいいのです。

「柚子風味うなぎの那智黒煮」は、まさにそれを象徴するものです。うなぎを炊くときに「これでもか!」というくらい思いっきり一等級の「真昆布」を使います。また調理の仕方は、松前屋の長年の昆布作りの経験から出せる技です。うなぎといえば蒲焼ですが、松前屋のうなぎは「白焼き」を佃煮にしてあります。その分余分な脂がなく「さっぱり」と召し上がれるというわけです。

松前屋の譲れない「勝負どころ」。
煮炊きして、何処まで味をいれこむか?

我が社の工場見学をされた方が一様に驚かれるのは、材料の夾雑物の除去や角切昆布の選別の手作業工程です。煮炊きした後もまた手選別が一枚一枚にはいりますので、最後に出てくる≪常若≫は超優等生ということです。

『ここまでやらんとエエモンはできんのか?』と感心してくださるのですが、その通りではあります。がしかし、私は工場の勝負どころはここではないと見ています。

勝負どころは『煮炊 きすること』。味をどういう順番で、何処まで入れ込むかということです。もしくは入れ込まないかということです。

一回一回の材料の顔をみて、どういう状態に今あるのかを材料と相談しなければなりません。釜の中と会話して火力を調節する必要があるのです。ここにこそ職人技があるのであって、経験がものを言う領域なのです。どうやって釜の中と会話するか? これはその職人独自の技ですが、この伝授が上手くいっていないのが悩みでした。と言うより釜の中と会話するという姿勢すら希薄化していたのです。

職人の技術の問題もさることながら、心の問題の方が大きいことに気がつきました。 一釜一釜、味は当然振れています 。この振れをいかに少なくするか、一釜一釜をどう工夫するかが、真の勝負どころといえましょう。

「和の文化の継承」を今後も続けていきます。

定番を磨く・・・「わしが気にいらんからやッ!!」

新商品ばっかりではなくて、昔からの「定番」も良くしていかなければだめです。いわゆる「定番を磨く」ことが大事なんです。

松前屋の定番である≪とこわか≫なんかも、「ちょっと硬い」とおっしゃるお客様もいる。それはうちの自慢の炊き方でできあがっているのですが、「それが自慢の炊き方か?」。「それは間違っているんじゃないか?」そこにも「定番を磨く」切り口があります。

例えば、昆布の中に醤油とか他の調味料とか入れるんですが、炊いてるうちにダシがでてしまう。だから、うちの炊き方は最後に液体が残らないように上手に炊いてしまう。つまり、出たダシを戻して炊き上げる。

でも見てるとそれはおかしいことに気が付く。どっかは炊き上がってるけど、上の方はやけどしてる。つまり蒸しあがってしまっている。均一じゃない。「いつそれを均一にするんや。」そんなくだらんところから入っていくわけです。

うまく言えませんが、味を入れ込んでいく状況、「ものの見る目」その「理屈」を考え実行し、伝承していく。その繰り返しが「定番を磨く」って言うことなんです。お客様が商品に対する苦情をおっしゃるから弱点補強のために工夫するのは当たり前。出来上がった定番と呼ばれるものにこそ、『まだまだワシが気にいらんから磨いとるんじゃ!!!』という職人魂が必要なのだと思っています。そうすることによってのみ、その定番は普及のロングセラーと言われるものになる。だから≪定番≫であり続けるわけなのです。

また最近では「トレーサビリティ」の関係から『安全』ということを適正基準でもって実施していかなくてはなりません。「日持ちさせる」のは「防腐剤」ではなく、真空パックでもない。「脱保存料」「脱真空パック」でその課題をクリアする。そのこともまた「定番を磨く」ということです。

工場の改革、工場の「キッチン化」

長く同じことをしていると、物事は伝承している間に大事なことが落ちてっている、つまり形骸化していることが多くあります。

実は職人の世界もこのことが言えて、「昔から学んできたことだから」「こうやって習ったから」で、実はその作業を、「なぜ?」やっているのか理解してないことが多いのです。

一つ一つの作業に「なぜ?」を吹き込み、さらによくできる改善点を見つけ実行していく。その日々繰り返しです。そこから「炊くってこういうことや」「煮るってこういうことなんや」「味を入れる」ことの大切さ、心の在り方までを改めて理解していき共有していく。それが大事なんです。

工場では40・50キロという大釜で炊くわけで、これで職人の感覚は非常に鈍いものになります。少々の火加減・水加減が変化していても結果に大差が出てこないからです。この製品の≪振れ≫を振れと感じなくなるのが怖いわけです。それには家庭用の小さな釜で炊かせて初めて職人技かどうかが見て取れるというものです。

プロの料理人は小さくも大きくも炊くことができます。基本が小さいものでやっていますから、材量は相似形に大きくなるだけ。後は火力の問題をどう計算してゆくかということなのです。量と火力の関係を操れるのが、釜場の職人技術ということです。だから、大釜育ちはいいものを創り続けられないのです。工業ではなく、今一度昔のような、≪キッチン≫のサイズに戻したもの創りをしなければいけないと考えています。

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